【ファーストキス×最高の離婚】坂元裕二が描く映画“夫婦再生”の共通点

坂元裕二 映画ファーストキス 夫婦再生 最高の離婚

坂元裕二さん脚本の映画『ファーストキス』は、言葉少なに描かれる“夫婦の再生”の物語です。

どこかで見たような空気感だなと思ったら、過去作『最高の離婚』にも似たテーマがありました。

今回はこの2つの作品を通して、坂元さんが描く“夫婦”という関係のかたち、そしてその奥にある静かな希望について、ゆっくり掘り下げてみたいと思います。

目次

映画『ファーストキス』に描かれた”再生の夫婦像”とは

坂元裕二 映画ファーストキス 夫婦再生 最高の離婚

映画『ファーストキス』で描かれる硯カンナ(松たか子)駈(松村北斗)の関係は、一見するとタイムスリップという非現実的な設定に包まれています。

しかし、その核心にあるのは、多くの夫婦が直面する現実的な問題でした。

坂元裕二が描く「別れかけた夫婦」のリアル

カンナと駈は結婚15年目にして、完全に倦怠期に陥っている夫婦。

離婚届を出すほどに関係は冷め切っていたという設定は、ドラマ『最高の離婚』の光生(瑛太)と結夏(尾野真千子)の関係性と重なります。

どちらの作品でも、坂元裕二は「なぜ二人は結婚したのか」という根本的な疑問を投げかけています。

映画『ファーストキス』では、カンナが過去に戻って若い頃の駈と再会することで、「やっぱりこの人のことが好きだった」と気づく瞬間が描かれています。

この感情の再発見は、結婚生活の中で見失いがちな愛の本質を浮き彫りに。

タイムスリップという”静かな装置”と感情の交錯

映画『ファーストキス』におけるタイムスリップは、単なるSF的設定ではありません。

それは夫婦の感情を整理するための「静かな装置」として機能しています。

過去に戻ったカンナが体験するのは、恋人時代の甘い思い出の追体験ではなく、「なぜ自分たちは結ばれたのか」という運命への問いかけです。

駈とカンナが赤い糸で結ばれていることを変更不可能な運命として決定づけるという物語の展開は、夫婦の不思議さを静かに描いています。

選択と未練、そして再生の予感

映画『ファーストキス』が巧みなのは、単純なハッピーエンドではなく、現実の夫婦関係の複雑さを認めながらも、再生への希望を示している点です。

カンナが最終的に選ぶのは、完璧な過去ではなく、不完全でも現実のいまを共に生きていくという選択でした。

その過程で描かれる迷いや葛藤は、多くの夫婦が心のどこかで抱えている「このままでいいのか」という不安にそっと重なります。

坂元裕二さんの脚本は、そうした気持ちを無理に否定せず、それでも“もう一度やり直してみよう”という小さな希望を、静かにすくい取っているように思えてなりません。

ドラマ『最高の離婚』と”夫婦”というテーマ

2013年に放送されたドラマ『最高の離婚』は、坂元裕二の夫婦観を最も直接的に描いた作品として評価されています。

30代の結婚観を軸に、離婚や結婚、家族の形をコメディタッチで描いた本作。

しかし、その根底には複雑に絡み合う、奥深い問題が横たわっていました。

「離婚から始まる物語」が描いた”対話の重要性”

ドラマ『最高の離婚』の特徴は、離婚届が提出されるという衝撃的な展開から物語が始まることです。

神経質で理屈っぽい光生と、大雑把で感情的な結夏の生活は全く噛み合わず、二人はなぜ結婚したのかすらわからなくなります。

しかし、離婚した後だからこそ見えてくる相手の大切さや、失ってから気づく愛情の深さが丁寧に描かれています。

なぜだろう。別れたら好きになる。」というキャッチコピーが示すように、夫婦の感情は単純な好き嫌いでは説明できない複雑さを持っています。

出典:ドラマ『最高の離婚』公式サイト

逃げずに話すことの難しさと希望

『最高の離婚』で印象的なのは、光生と結夏の延々と続く会話です。

時にコミカルで、時に切ない二人の言葉のやり取りは、夫婦にとって「話し合うこと」がいかに重要で、同時に困難であるかを示す形に。

結婚って、拷問だと思っていましたが、違いました。結婚は、食物連鎖です。黙って食べられるのを待つだけ。あーつらい。四倍つらい」という光生の名台詞は、結婚生活の理不尽さを表現しながらも、どこかユーモラスで愛おしい響きを持っています。

出典:ドラマ『最高の離婚』第2話

坂元裕二が一貫して描いてきた”夫婦”の形

ドラマ『最高の離婚』から映画『ファーストキス』まで、坂元裕二が描く夫婦像には一貫した特徴があります。

それは「完璧ではないが、それでも愛し合う二人」の姿です。

どちらの作品でも、夫婦は理想的な関係ではありません。

むしろ、価値観の違いや生活習慣の不一致、意思疎通のすれ違いなど、現実の夫婦が直面する問題が克明に描かれています。

しかし、それでも二人が選び続ける愛の形に、坂元裕二の深い人間理解が表れているのです。

『ファーストキス』×『最高の離婚』に共通する”静かな対話”

坂元裕二作品の最大の魅力の一つは、登場人物たちの「静かな対話」にあります。

この特徴は、映画『ファーストキス』とドラマ『最高の離婚』の両方で顕著に表れています。

坂元作品に共通する”余白”の美しさ

坂元裕二の脚本では、すべてが言葉で説明されるわけではありません。

むしろ、言葉にならない部分、沈黙の部分にこそ、登場人物の真の感情が込められています。

映画『ファーストキス』では、カンナが過去で駈と過ごす何気ない時間の描写に、この「余白の美学」が表れています。

タイムスリップという特殊な設定でありながら、二人の関係性は日常的で自然な会話を通じて描かれます。

同様に、ドラマ『最高の離婚』でも、光生と結夏の長い会話の合間に生まれる沈黙や、言いかけて止める瞬間に、二人の複雑な感情が表現されています。

感情を言葉にすることの難しさと誠実さ

坂元裕二さんが手掛ける作品の登場人物たちは、自分の感情を正確に言葉にすることに苦労します。

しかし、その不器用さこそが、彼らの人間らしさを際立たせています。

最高の離婚』の結夏が光生に宛てて書いた手紙のシーンは、多くの視聴者の心を打ちました。

うまく言葉にできない想いを必死に伝えようとする姿は、映画『ファーストキス』でカンナが駈への愛を再確認する過程と重なります。

それでも、もう一度やり直す勇気

両作品に共通するのは、登場人物たちが最終的に「やり直し」を選ぶことです。

しかし、それは安易な復縁ではなく、現実を受け入れた上での選択として描かれています。

映画『ファーストキス』では、完璧な過去ではなく、問題のある現在を選ぶカンナの決断が描かれます。

ドラマ『最高の離婚』でも、光生と結夏は簡単には元に戻れないことを理解しながらも、お互いへの愛情を確認し合います。

この「やり直し」は、過去の否定ではなく、すべてを受け入れた上での新しい出発として描かれているのです。

30代・40代が”坂元裕二の夫婦像”に惹かれる理由

坂元裕二の夫婦を描いた作品が、特に30代から50代の観客に強く支持される理由には、この世代特有の人生観が関係していると思います。

人生の折り返し地点に感じる「後悔と希望」

30代、40代という年齢は、多くの人にとって人生の折り返し地点にあたります。

結婚や子育て、キャリアなど、人生の重要な選択をした後で、「あの時、別の選択をしていたら」という思いを抱く人も少なくありません。

映画『ファーストキス』のタイムスリップという設定は、そうした「人生のやり直し」への憧れを具現化したものと言えるでしょう。

カンナが過去に戻って駈との関係を見つめ直す過程は、多くの夫婦が「もう一度恋人時代に戻れたら」と願う気持ちと重なります。

ドラマ『最高の離婚』でも、光生と結夏の関係性は、結婚生活の現実に直面した夫婦の等身大の姿として描かれています。

理想と現実のギャップに悩む30代の心境が、リアルに表現されているのです。

「やり直すこと」がテーマになる年齢層だからこそ刺さる

20代の恋愛が「出会い」や「始まり」をテーマにするのに対し、30代以降の恋愛や結婚では「継続」や「再生」がテーマになることが多くあります。

坂元裕二の作品が描く「やり直し」の物語は、まさにこの世代の心境にマッチしています。

完璧な新しい恋ではなく、傷ついた関係を修復していく過程に、人生経験を積んだ大人だからこそ感じられるリアリティがあるのです。

ドラマでも映画でも、静かに”寄り添う心”が描かれる

坂元裕二の夫婦像の魅力は、派手な愛情表現ではなく、日常の中での「寄り添い

映画『ファーストキス』も、ドラマ『最高の離婚』も、夫婦の愛情を描くうえで大切にしているのは、特別な出来事ではなく、日々のささやかな積み重ねなんですよね。

朝のパンくずがマグカップに入っているのを見つけた時、三年待ちのお取り寄せが届いた時、そんな何気ない瞬間にこそ、夫婦の関係性が表れるという坂元裕二の視点は、多くの人の共感を呼びます。

それは、結婚生活の本質が特別なイベントではなく、毎日の小さな選択と思いやりの積み重ねにあることを、静かに教えてくれるからです。


夫婦再生を真正面から描く脚本家は少ないですが、坂元裕二はその名手と言えるでしょう。

ドラマ最高の離婚』から映画ファーストキス』まで、一貫して描かれる”静かな葛藤と希望“の物語は、夫婦関係や人生の折り返しを迎える30〜50代に、特に深く刺さる内容となっています。

タイムスリップという非現実的な設定も、離婚届という衝撃的な展開も、すべては夫婦の本質的な関係性を浮き彫りにするための装置に過ぎません。

坂元裕二の真の才能は、そうした設定を通じて、誰もが心の奥底で感じている「愛することの難しさ」と「それでも愛し続けることの尊さ」を、静かに、確実に観客の心に届けることにあるのだと思います。

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